3年がたちました

2006年9月から3年たちました。昨年11月頃、アクセス数が累計で3000件を越えたことを感謝の意味を込めて、お知らせしましたが、今年は9月で累計が6000件を越えました。とてもありがたく思ってます。
なにがどうというわけではありませんが、累計で訪問数が50件以上あったものから、多かった順を並べてみました。アクセス数というのもあるのですが、今回は訪問数で並べております。
シカゴ(2008/7):325
プライベート・ライアン(2007/10):180
グッド・ウィル・ハンティング(2007/11):162
羊たちの沈黙(2008/6):148
カサブランカ(2006/9):132
ショーシャンクの空(2008/3):125
プラウダを着た悪魔(2007/6):120
シュレック3(2008/11):116
レオン(2008/1):99
五嶋みどり(2007/11):90
ローマの休日(2009/5):82
エイリアン2(2007/3):67
Vフォー・ヴェンデッタ(2008/8):62
ハリーポッター1(2006/10):61
ペリカン文書(2006/3):58
スターウォーズ2(2008/2):55
プライドと偏見(2008/8):55
シカゴ(2)(2009/1):54
ロレンツォのオイル(2008/7):52
コマンド(2007/12):50
「And All That Jazz」を求めてアクセスしていただいた数が他を圧倒する結果となりました。映画の中の挿入歌を取り上げたもので、「シュレック3」の「Live and let die」もそうで、こちらも上位に入りました。
記事の書き方と言いますか、スタイルはバラバラで、こちらが良かったから、あちらもいいだろうと思われて、訪問していただいた方には肩すかしを送ってしまったのではないかと、反省しております。
それでも、やはりいい映画、内容のある映画などが上位にあることは、良い映画に出逢おうとする方の思いが反映されているのかなと感心しております。
意外なのは、「五嶋みどり」さんの記事が入ったこと。それと「ロレンツォのオイル」はテレビで観て感動して記事にしたのですが、意外とアクセスがあったということでした。
五嶋みどりさんのことは、海外で高い評価を受けているのに日本人の私たちの方が知らないという感じでしたが、さすがにインターネットを叩くと、五嶋みどりさん関連はたいへん多く、私の記事にもアクセスをいただいたことは、光栄なことだと思います。
英語字幕を観賞するというなじみにくく、わかりにくい内容のブログなので、私の記事のアクセス数でなにか語れるものではないとは思いますが、途絶えることなく、毎日アクセスしていただいていることは、ありがたいことだと思ってます。
最近のものでは、母が亡くなったあと、やっと書く気になったのが「ローマの休日」で、最近のものにしては訪問の数を多くいただいているのに感謝しております。
未だに気のゆるむ、運転中などには母のことを思い出して、泣きそうになります。精神的に立ち直ってるとは言い難く、映画もまだ深く観賞するまでに至ってないかなと思ったりしています。
この連休で、何か小さなものでも見つけられたらなと思っております。

話は変わりますが、「ゆれる」をテレビで観ました。人の命が失われた、あのような事件のさなかにも、人のわずかな心の「ゆれ」が、人の言動を左右したり、思い込みを起こすことを描くなんて、なんて怖い物語だったことか。人の業(?)って怖いものですね。
単純ですが、人とはちゃんと手をつないでおこうと思いました。本当に単純ですみません。

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メール・アドレスのご案内

忙しいのをいいことに、ブログの工夫を怠っています。これも、その表れと言えるものですが、ニフティさんに無料メールがあったので、これを紹介したいと思います。
なにかございましたら、お送りください。ただ、めちゃくちゃ返信は遅いと思いますが、努力するつもりです。あしかず、ご了承下さい。

メール・アドレス:
hiroshi.hamada@nifmail.jp

よろしくお願いします。

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「二年が経ちました」

先日お陰さまで、累計アクセス数が3000を超えました。2006年の9月に始めましたから、2年とちょっとです。最初の頃はアクセスなんて、ちっともありませんでした。でも、1日に1件でもあれば随分励みになりました。今でも、飛躍的に数が増えたわけではありませんが、とてもありがたく、楽しくやらせていただいております。本当にありがとうございます。
まあ、ホームページのデザインなどほったらかしでした。いや、これからも、まあ愛想なしなんですが、これまた先日少しだけ雰囲気変えてみました。ええ、なんの工夫もないんですが。
で、「何か新しいことを」と思い、次のはアニメを考えています。「シュレック」というのはどうでしょうか。前回の続きってわけではありませんが、フィオナ姫の声をキャメロン・ディアスが手がけています。シュレックがマイク・マイヤーズというコメディアンだそうで、顔は見覚えあるのですが、イマイチ思い出せないでいます。ふるってるのは、ドンキーのエディ・マーフィでしょうか。
「シュレック」の場合、吹き替えがこれまたハマってます。濱田雅功。一度聞いてしまうと、彼以外には考えられなくなります。そして、フィオナ姫が藤原紀香。ドンキーの山寺宏一。それぞれ、ぴったしカンカン。(ちょっと古くてすみません。)
相当古いのでは、「ひょっこりひょうたん島」なんていうのもありましたね。井上ひさし氏の脚本だったそうですが、なんとこの「ひょっこりひょうたん島」は「波をちゃぷちゃぷ追い抜いて、スーイ・スーイ」と船のように海を進み、「まるい地球の水平線に、何かがきっと待っている」と旅します。歌あり・冒険ありで、「シュレック」に匹敵するくらい当時は私たちに夢を与えてくれたように思います。ドン・ガバチョの歌に、「今日がダメなら、明日があるさ。明日がダメなら、明後日があるさ。明後日がダメなら、明明後日があるさ。どこまで行っても明日がある。ドン・ドン、ガバ・ガバ、ドン・ガーバチョ」ってのがありますが、これで当時自殺を思い留まった方がいらしたとか。今なら、3D・CGアニメで再現すれば面白いのじゃないかなと思いますね。

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「Purpose in Life」(本:岡堂哲雄監修「生きがい」より)

映画「ショーシャンクの空に」では、いかなるものも触ることのできない「精神の自由」、そして「希望」がキーワードだったと言えます。
私は、そこで「希望」について何か語るべきだと考えていました。収容所と「精神の自由」で思い出すのは、ヴィクトール・E・フランクルの「夜と霧」(みすず書房)でした。しかし、この本のことを持ち出すのはどうかと、随分迷いました。最終的にはフィクションである映画の世界と歴史的事実である強制収容所の内容はやはり相容れないものと判断しました。少なくとも映画の紹介の中には使えないと思いました。しかしながら、私自身はどうしても触れずに通り過ぎることはできなかったのです。私自身が内なるよりどころということについて、今一度考えてみたいと思ったのです。そして、文章にすることでより整理できると考えました。

まず、強制収容所についてまったく知らない人のために少しだけ述べておきます。第二次世界大戦の中、ドイツ・ナチスによる、ユダヤ人虐殺の舞台が各地に作られた強制収容所でした。アウシュビッツ強制収容所だけで300万、全体で600万の人命が絶たれたと言われています。
私は、この「夜と霧」を読み返してみました。本を開いただけで、脈拍が早くなり、気分が悪くなるのを感じました。深い沈鬱に包まれました。味わいたくない悲惨と絶望。人間はどうしてこのようなことをすることができたのかという、深い怒りと悲しみ。解説にある想像を絶する悲劇。何よりもそれが事実であること。そして、本文はアウシュビッツ強制収容所を中心とした、フランクルの実体験である。彼は自らの体験を心理学者として語ろうとしています。
強制収容所に到着した人々はいとも簡単に選り分けられ、9割の人間がガス室に送り込まれ殺されたのです。残って囚人となった人々は、まったく人間性を否定されました。すべての持ち物を奪い取られ、番号でのみ呼ばれたのです。そして、なお常にガス室に送られるかどうかの恐怖に晒されながら、つらい強制労働があり、僅かなパンと水のようなスープによる飢餓状態。発疹チフスによる死の恐怖。理不尽な理由による拷問など。

フランクルは、こうした想像を絶する過酷な現実の中で、内面のよりどころを失った者が、精神的身体的崩壊に至ったとしています。
「1つの未来を、彼自身の未来を信ずることのできなかった人間は収容所で滅亡して行った。未来を失うと共に彼はそのよりどころを失い、内的に崩壊し身体的にも心理的にも転落したのであった。」(「夜と霧」より)
例として、夢の中でいつ収容所から解放されるか声を聞いた人の場合が紹介されていました。彼はそれが5月30日であると聞いたのです。最初彼は希望に満ちていたが、次第に戦況は5月中の解放など望めそうもないことになった。そして5月29日に高熱を出して発病した。5月31日に、彼は発疹チフスで死んだのである。また、1944年のクリスマスから1945年の新年の間に未だかつてなかった大量の死者が出たことを述べています。この大量死の原因は、過酷な労働条件でも悪化した栄養状態でも、伝染病のせいでもなく、クリスマスには家に帰れるだろうという希望に対する落胆や失望であったというものである。
しかし一方で、非常に少なくはあったが、人間としての尊厳を保った人たちがいたのである。
毎日の食料を奪い合うような状況の中で、人に食べ物を与えた人がいたのである。
フランクルはより具体的に一人の女性のことを語っている。
「この若い女性は自分が近いうちに死ぬであろうことを知っていた。それにも拘らず、私と語った時、彼女は快活であった。『私をこんなひどい目に遭わしてくれた運命に対して私は感謝していますわ。』と言葉どおりに彼女は私に言った。『なぜかと言いますと、以前のブルジョア的生活で私は甘やかされていましたし、本当に真剣に精神的な望みを追ってはいなかったからですの。』」(「夜と霧」より)
フランクルは、「まず最初に精神的人間的に崩壊していった人間のみが、収容所の世界の影響に陥ってしまうことを示している。」(「夜と霧」より)と言います。そして、人間的に崩壊してしまった人間にとって、「過去への回顧」が言語を絶する現実に目を閉じる方法となったようです。しかし、現実から過去に逃避する方法は、周囲の現実の価値を低下させることであり、そのことはある危険を内包していると言うのである。曰く、「かかる人々は、著しく困難な外的状況こそ人間に内面的に自らを超えて成長する機会を与えるものだということを忘れているのである。」(「夜と霧」より)
なんという厳しさでしょう。非常な過酷の状況で、かついつ終わるとも分からない絶望に近い現実を前に、成長するということを問うています。私たちの人生は、私たちが生きるということは、それほどまでの生だったのか。戸惑いを隠せません。
つい最近、NHKの「ドキュメント スポーツ大陸 スポーツ史の一瞬『立体泳法 金メダルへの執念』」という番組で、メキシコ・オリンピックで泳法違反の判定で挫折した、平泳ぎの田口選手が、次のミュンヘン・オリンピックまでの4年間、ありとあらゆる泳法・訓練法・自己管理法を駆使して、ついに金メダルを獲得した物語が紹介されていました。その番組の最後に田口氏は言います。
「本当に金メダルが取れると思えること」が大切であるとしていました。
私は彼の言っていることと、フランクルの言っていることがまったく重なると理解しました。田口氏は、自分の未来を真に信じることができたからこそ、激しいトレーニングに耐え、ありとあらゆる創意工夫に情熱を傾け、自分、自分のやっていること、そして自分の立ち向かっている現実の価値を少しも下げることなく、むしろ価値を上げながら進むことができたのだと思います。
フランクルは重ねて厳しいときこそ自分の価値を発揮するときと説きます。
「強制収容所にいる多くの人間は価値を実現化する真の可能性はまだ先であると考えたのである。しかし実際はこの可能性は収容所のこの生活から生じるものの中にあったのである。すなわち多くの囚人の如く貧しい生存をするか、あるいは少数の稀な人々の如く内的な勝利かである。」(「夜と霧」より)
しかし、それは私にとっては今であることに気がつきました。過去に頑張ったときもありました。未来に想いを馳せることもあります。目に見える高電流の鉄条網があるわけではありません。あるいは不当な監視を続ける者が近くにいるわけでもありません。しかし、私は今でない、いつかどこかで自分らしさが発揮できると思っていました。考え直してみました。今ここに生きているのであるから、今ここで自分の価値を発揮しなくては、と。先ほどのフランクルの言葉で最後の部分は、なんだか「ショーシャンクの空に」の中のアンディーのセリフを思い起こさせました。
「必死に生きるか、必死に死ぬか。」(日本語字幕より)
「Get busy living or get busy dying.」(「映画で覚える英会話」より)
余談ですが、心理療法に「ゲシュタルト療法」というものがあります。フレデリック・S・パールズ博士(1893-1970)という人が提唱したのですが、非常に伝説的な人物だったようです。破天荒な言動でも名を馳せていたようですが、まるで魔法のように人々を治療し、心理療法家としても爆発的な人気を博した人であったようです。
そして、ゲシュタルト療法では、「神経症の人たちは、問題は『今ーここ』にあるのに、過去の未完結な問題に煩わされ、現在に十分に集中して関わることができない。過去の問題が本当に過去のものであるとるなら、それはもはや問題ではなく、現在には存在すらしていないことになる。しかし、過去の問題は、同化されることを待って、生きたまま、中断され、凍結されているのである。それを同化できるのは『今ーここ』でしかない。」(至文堂 倉戸ヨシヤ編集 「現代のエスプリ 375 ゲシュタルト療法」より)として、「今ーここ」で未完結の問題を、心理劇のように再体験することで、同化し完結させようとするものである。私にとって、神経症の人たちと私との間には違いがないと同じで、過去から現在まで、ある事柄に関してはうまく対処できなくて、いつも同じ効果のないことを繰り返しては怒りや悲しみを味わう、いくつかのパターンを私は持っています。「トラウマ」や交流分析の「脚本」・「ゲーム」に関係するもので、誰でもあるものと思います。
ゲシュタルト療法は、「今ーここ」のセラピーとも言われました。この独創的で、特異な、そして臨床心理学と禅の思想を融合したもと言われるこの療法はしかし、精神医学の領域におけるフロイト以来の革新的な療法として認められるようになっています。
実は今気がついたのですが、状況はまったく違うので乱暴とは思いますが、ゲシュタルト療法での神経症の人たちと、精神的人間的に崩壊して過去への回顧に捕われている囚人とは、形態に重なるところがあります。
ゲシュタルト療法でも、過去の未完結の問題を「今ーここ」で自らの気づきで同化・完結すると言うなら、つまり自らの力で現実に正しく対峙できるようになることが重要なことと考えることができそうです。
ついでに、せっかくですから、有名な「ゲシュタルトの祈り」をご紹介しておきます。
「私は私、
あなたはあなた。
私がこの世に生きているのは、あなたの期待に応えるためではない。
また、あなたがこの世に生きているのは、私の期待に応えるためではない。
私は私です。
あなたはあなたです。
アーメン。」(ナカニシヤ出版 F.S.パールズ著 倉戸ヨシヤ監修 「ゲシュタルト療法 その理論と実際」より)

話を元に戻しまして、では、どのように我々は、内なるよりどころを持てば良いのであろうか。重ねて申しますが、フランクルは今ある現実を否定してその価値を下げることは崩壊の始まりと見ていたようです。つまり、現実を直視する態度を重要だと考えているのです。
「ここで、必要なのは生命の意味についての問いの観点変更なのである。すなわち人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである。」(「夜と霧」より)
そして、日々積み重ねる人生のことをこう言います。
「人生というのは結局、人生の意味の問題に正しく答えること、人生が各人に課する使命を果たすこと、日々の務めを行うことに対する責任を担うことに他ならないのである。」(「夜と霧」より)
また、人生から与えられる苦悩は、「何人も彼の代わりに苦悩を苦しみ抜くことはできないのである」(「夜と霧」より)とし、一回性と唯一性とによって特徴づけられているとしています。つまり、「自分の苦悩は、唯一無二のもので、自ら責任を持って、自分のみが対峙(意識)すべき」と言い換えられるのであり、ここにすでに、彼が次に著した「愛と死 実存分析入門」(みみず書房)に示す、「意識性」と「責任性」の基盤となる考え方の萌芽が見て取れます。
「愛と死」において、フランクルはフロイトとアドラーの心理療法における業績を称えながら、フロイトの「精神分析」は意識に上がらない無意識領域の重要性を説くあまり、結果的に「意識性」を不当に低く扱っており、アドラーの個人心理学は人間が責任回避を試みるとして、人間の中の「責任性」を低く見積もっていると評価しています。
私の解釈では、誰にも拘束されることのない自由な精神だが、決して無意識の領域ではなく、自分を意識している自我の部分で、唯一無二の自分の人生に、責任を持って対応することが大切であるということになります。したがって、大切なのは、意志の力であったり、信念を持つことであったりするのではないでしょうか。

河出書房新社 岡堂哲雄監修 「生きがい」という本があります。この本は、フランクルの心理療法を基に作られたPILテストを紹介するものです。「PIL」は「Purpose in Life」の略で、「生きがい(人生の目的)」のことです。精神の健康の回復や向上にこのテストを使って、人生の目的や生きがいを見つけて役立てようとするものです。この本の中にはフランクルの考え方がやさしく紹介されています。

「フランクルによれば、人間はどのような状況においても意味を求め、また意味を見出し得る存在である。」
「精神はすべてから自由であり、そのような状況にあっても、それから自由に態度をとり、意味を見出し得るのである。しかし、自由ということは、勝手きままとは異なるのであり、人間性のもう1つの特徴である責任性と結びついているのである。」
「「人生の意味とは何か」と思索しても得られるものではない。」
「人生の方から「今あなたはどんな生き方をしようとしているのか」、「今、何をしなければならないのか」と絶えず問われているのである。」(「生きがい」より)

「私たち人間は、自分の意志で生まれてくるのではない。そして、死ぬのもまた、自分の意志によるのではない。意識をもって主体的に生きているのが人間の特徴であると言われているが、このような初めと終わりをもつ人生において、私たちは自分の意志通りにならない、いわば運命的・宿命的なものと出会いながら生きていく。このように自分の思い通りにならない人生に対してどのような態度をとるかーーー不運として諦め、無気力になるのか、のろわれた宿命に反抗し続けるか、これも自分の人生と受けとめて、そのなかで精一杯生きるかーーーは、個人の自由な選択なのである。私はこれ以外に意味を見出しようがないとか、このような態度しかとれないと思っている人もあろう。ところが、実は、異なる態度をとり得る可能性があること、人生は最後まで豊かな意味で満たし得るものであることを、フランクルや神谷(*)は示してくれたのである。」(「生きがい」より)(*神谷:らい病患者の多くが「無意味感」に悩んでいることを知り、「生きがい」の研究を行い、『生きがいについて』を1966年に出版した。)

「フランクルはこのように、意味を求める欲求、あるいは意志を人間に固有の基本的なものと考えたが、これは通常は、
1 何かを体験することによってーーーたとえば誰かに愛される、あるいは愛する、または美しい自然や芸術作品に出会ったりーーー体験価値の実現
2 何かを作り出すことによってーーーたとえば職場で創造的な仕事をしたり、子供を生み育てたり、趣味で独創的な作品を作り出したりーーー創造価値の実現
を通して満たされる。
しかし、たとえば不治の病の床にいる場合、重度の障害をもっている場合、フランクルが経験した強制収容所のような極限状況におかれた場合などは、経験価値や創造価値の実現は困難となる。フランクルはこのような状況にもかかわらず豊かな人生を送り得るのは、人間の精神が自由に態度を決定することができることによるのであって、彼はこれを『態度価値の実現』と呼んだ。そして、『態度価値』の実現を通して、人生は最期まで意味をもち得ることを彼は主張するのである。」(「生きがい」より)

私は、「刻々と変化する状況に対し、どういう態度をとるか」が問われているということを理解しました。
人生は選択することであるというのは、まず態度を選択することであることと理解しました。
精神が自由であることは、態度を選択する自由であることも。
「自己実現への道 交流分析(TA)の理論と応用」(社会思想社)という本で、『「勝者」と「敗者」というこばにはいろんな意味がある。勝者というのは、他人を制圧し、負かすことによって相手に勝つような人間のことを言うのではない。ここでいう勝者とは、その人個人としてみても社会の一員としてみても信頼することができ、たよりになり、同情心に富み、純粋さをもった人間、本心から反応の出来る人間をいうのである。敗者というのはこのような真実のこもった行動のとれない人間のことである。マーチン・ブーバーもこれをおなじことをのべている。彼は、一人のユダヤ教の司祭が死ぬ間際に自分を敗者とみなしたという古い話を持ち出している。その司祭は、自分は来世で、「なぜおまえはモーゼのような人間でなかったか」と問われることはないだろう、むしろ「なぜおまえは自己を実現できなかった、自分自身でなかったのか」と問われるに違いない、と嘆いたのである。』という私の好きな引用に登場した司祭に必要だったのは、人生に答える態度であったことを理解しました。
ウエイン・W・ダイアーは「どう生きるか自分の人生!」(三笠書房)という本で、『古代の哲学者エピクテトスは「哲学講話」の中で、自由について「自分自身の主人でない者は決して自由でない」と言っている。』と紹介し、「どのような場合でも、自分がとる態度を制御する力をあなたがもっているということを確信することからはじめなさい。」と言い、「あなたの態度の奴隷になるのではなく、態度を決定する立場に立つ決意を固めなさい。」と言っています。
スティーブン・R・コヴィーは著書「7つの習慣」(キングベアー出版)の中で、フランクルを大きく取り上げ、人間は刺激と反応の間に選択の自由をもっているとし、第一の習慣に「主体性を発揮する」ことを提唱しています。第二の習慣には「目的を持って始める」を提唱し、原則中心の生活を勧めています。ハウツーものに象徴されるような表面的な模倣に捕われず、彼の言う「人格主義の回復」によって、内なる指針に従って生きることを説いているのです。これもまた「態度価値の実現」とも言えるものと理解できます。
先頃ベストセラーとなった新潮新書の藤原正彦著「国家の品格」(新潮社)で、著者は「人間にとっての座標軸とは、行動基準、判断基準となる精神の形、すなわち道徳です。私は、こうした情緒を育む精神の形として「武士道精神」を復活すべき、と二十年以上前から考えています。」と述べています。私の勝手な解釈ですが、これも「態度価値実現」の復活と理解されます。
実存主義的な心理療法におけるキーワードは、「過去と他人は変えられない。変えられるのは自分である。」や「今、ここでの気づき」であると私は捉えています。映画「禁断の惑星」で紹介した、「ニーバーの祈り」の「主よ、変えられないものを受け入れる心の静けさと、変えられるものを変える勇気と、その両者を見分ける賢さを我に与え給え。」もこうした流れの中で生まれたものでしょう。
今回はたいへんな勉強をさせていただきました。手元にある本ももう一度それぞれ読み直したいと思っています。

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あけましておめでとうございます。

昨年末やっと古いiMacを新しいiMacに買い替えました。これでやっとパソコンでDVDを見ることができます。これまでは、映画の鑑賞や字幕の確認はリビングで、パソコンは寝室でと不自由してました。うれしゅうございます。
正月に高校の同窓会があって、その二次会で隣り合わせた小学校からの同級生と話していたら、突然携帯からすごい写真を見せられました。彼が音楽の先生をしていることを知ったので、神尾真由子や小沢征爾のことを話していたのです。私のブログは1日にアクセスが1件か2件程度なのに、神尾真由子さんを取り上げたとき、アクセス数が跳ね上がったのです。そんな話をしていたら、突然携帯から小沢征爾さんの写真を見せてくれました。なんでも娘さんが京都の芸術大学に行ってらして、オーケストラの指揮を学んでいるそうです。そこへ夏に小沢征爾さんが指導に来るとのことでした。写真は娘さんと小沢征爾さんのツーショットでした。毎年ということではないようでしたが、サイトウキネンのコンサートの前に来るらしいです。びっくりしました。

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「Girl, 14, conquers Tanglewood With 3 Violins.」:「絆 バイオリニスト 五嶋みどり」(NHK BSハイビジョン)より

最近、アイザック・スターン演奏のチャイコフスキー「バイオリン協奏曲」に代わって、五嶋みどり演奏のチャイコフスキー「バイオリン協奏曲」を聴いています。
「グッド・ウィル・ハンティング」の記事の構想と神尾真由子さんの番組放映が重なって、続けてブログに上げてみましたが、今度は先日2005年に放映されたバイオリニスト五嶋みどりさんの特集が再び放映されていました。五嶋みどりさんの番組を見て、彼女のすばらしさも再確認したしだいです。神尾さんもすごいですが、五嶋みどりさんの経歴はさらにセンセーショナルなものでした。
1982年に母親と二人で渡米し、ジュリアード音楽院に入学。同年12月に、11歳でズービン・メータの指揮するニューヨーク・フィルハーモニック管弦楽団とニューイヤーイブ・コンサートでデビュー。パガニーニ作曲の「バイオリン協奏曲」を演奏します。かのアイザック・スターンにも認められます。ホワイトハウス・クリスマスコンサートで当時のレーガン大統領の前で演奏。
そして、1986年7月、タングルウッドでレナード・バーンスタインの指揮でボストン交響楽団とバーンスタイン作曲の「バイオリンと弦楽オーケストラのためのセレナード」を演奏。この最終楽章で、五嶋さんのバイオリンの最も細い弦が切れるハプニングが起こります。コンサートマスターのバイオリンと取り替え、演奏。しかし、同じ事が再び起こり、再びバイオリンを取り替え、演奏をやり遂げました。その14歳の少女の強さに、聴衆、ボストン管弦楽団員、そしてバーンスタインも賞賛の拍手喝采を贈りました。
番組では、1986年7月28日のニューヨーク・タイムズの記事を、「14歳の少女、タングルウッドを3本のバイオリンで征服」と表題を示して、紹介しています。
Girl, 14, conquers Tanglewood With 3 Violins.
By JOHN ROCKWELL
Special to The New York Times
LENOX, Mass., July 27 - Prodigious talent for a performing musician has three components: technical skill, artistic mastery and, rarest of all, that strange combination of pluck and luck that allows the artist to triumph in sudden crises.
Mi Dori, a diminutive 14-year-old Japanese violinist who studies at the Juilliard School in New York, pulled off just that triple play, Saturday at Tanglewood, astounding the audience and the Boston Symphony itself with her aplomb in a situation that might have daunted the canniest veteran.(番組画面より)
「prodigious:感嘆すべき」「component:構成要素」「technical:技巧上の」「skill:熟練、腕前」「artistic:芸術的な」「mastery:支配力、熟達」「rarest:rareの最上級」「strange:奇妙な、不思議な」「combination:コンビネーション、組み合わせ」「pluck:勇気、度胸」「luck:巡り合わせ、幸運」「triumph:勝利、征服、大成功」「crises=crisisの複数形:危機、難局」「diminutive:小柄の」「pulled off:うまくやりとげる」「triple:3倍の、三重の」「astound:びっくり仰天させる」「audience:聴衆、観客」「aplomb:冷静、自信」「situation:状況」「daunt:気力をくじかれる、こわがる」「canniest=cannyの最上級:賢明な、熟達した」「veteran:経験豊富な人、老練な人」
「-演奏家として驚嘆すべき才能には、次の3つの要素がある。技巧の熟練、芸術的な熟達、そして最も希有なものであるが、突然の危機を大成功に導く度胸と幸運の絶妙なコンビネーションである。
みどりは、ニューヨークのジュリアード音楽院に学ぶ小柄な14歳の少女であるが、タングルウッドでの土曜日に、三重の演奏をやり遂げ、最も熟達したベテランでさえくじけるような状況下で強靱さを見せ、聴衆とボストン管弦楽団員たちを圧倒したのであった。」

この話は、アメリカの小学校の国語の教科書にも載せられたとのこと。アメリカの懐の深さを感じます。この後、私は1987年に例の朝日新聞の記事を書き留めることになります。
1990年18歳、カーネギーホールでソロコンサート。
1992年、二十歳のとき、教科書で彼女のことを知った子供たちの温かい要望をきっかけに、「みどり教育財団」を設立、こどもたちへの演奏を積極的に開始。
しかし、その後22歳のとき、拒食症と診断され、3ヶ月入院。それも半年後にはベルリンで、チャイコフスキーの「バイオリン協奏曲」で復活。
そしてその後も、大学で学ぶなどさまざまなチャレンジを行っています。
彼女は、幼くしてアメリカに認められ、そして長くアメリカに育てられたと言えるでしょう。彼女がアメリカの芸術に大きな貢献をしたとして表彰を受けていることは、驚きでもありましたが、彼女の確かな功績を改めて認めるきっかけにもなりました。アイザック・スターンは、音楽家としてだけでなく、人間として尊敬していると言ってました。彼女の今も変わらない練習への熱心な取り組みが単なる中毒的なものではなく、熱意から来ていることが、彼女の人生への取り組みが証明しているように思えました。
とは言え、若い頃は必要なときに自分と向き合い、自分の声を聞くということには十分な時間をとることができなかったようです。しかし、そうした苦悩を乗り越える力と人生への態度には大いに学びたいと思います。
タングルウッドと言えば、小澤征爾さんがウィーン国立歌劇場に赴くまで、長い間毎年の夏、世界中の若者を集めてワークショップを開いたところであり、ジュリアード音楽院は神尾真由子さんも通ったところです。一方かつてジャズ奏者の渡辺貞夫さんが学んだボストンのバークリー音楽院も多くの音楽家たちが学んだところでもありますね。私は、この番組で五嶋さんの足跡を辿る一方で、日本の他の音楽を志す人たちの足跡も、大きな河の流れのように感じとり、その夢に向かって進む姿に、勇気と希望をもらった気がして、心が温かくなりました。感謝したいと思います。

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「Elegant, elegant. Not elephant.」:「強く、強く バイオリニスト・神尾真由子」(NHK BSハイビジョン)より

最近、「WEST SIDE STORY」に代わって、アイザック・スターン演奏のチャイコフスキーの「バイオリン協奏曲」を聴いています。
先日、今年第13回チャイコフスキー国際コンクールで優勝した、21歳の女性バイオリニスト神尾真由子の特集が放映されていました。番組では人物像を描こうとしており、とりわけ天才ということを取り上げているわけではありませんでしたが、ただならぬ才能は彼女の経歴や、周りの人のちょっとした評価で分かります。彼女自身曰く、バイオリンでは「凄いと思ったことを再現できる」そうです。加えて、彼女は自称「がんこ」で、自分が納得できることを行い、人と同じことをしたくないと考えています。
冒頭に1987年と記された私のノートに、朝日新聞の記事が書き留められています。
「キーシン、五嶋みどりなどの天才の出現=教養主義の崩壊」
神尾真由子さんは、1986年に生まれています。
引き続き、同じく朝日新聞からの抜粋として、つぎのメモが残っています。
学力テストに強い型
1.一定の枠の中での思考に長けている
2.頭の回転が速い
3.誤りを犯さない用心深さがある
独創的な型
1.既成の枠を乗り越える
2.時間にかまわず徹底的に考える
3.誤りを恐れない
これらは、私がちょうど30歳となった年、凡人ながら自分のあり方に揺らいだ頃のメモです。
番組では、2003年10月2日のニューヨークタイムズ紙の記事を紹介しています。画面の両端で記事が切れていて、見えないところもありましたが、それなりに写してみました。
「The Arts
music review
Teenage Violinist With a Mature Violin
By JEREMY EICHLER
Ah, these early teenage years with all that waiting to be old enough to drive, to stay out late, to be independent of parents, or in the case of the Japanese-born violinist Mayuko Kamio, to make your New York recital debut in knuckle-busting works by Saint-Saëns, Ravel and others. At only 13, Ms. Kamio won first prize at the Young Concert Artists Auditions, but the organization waited three years before presenting her recital debut on Tuesday night at the 42nd Street Y, presumably allowing her age and experience to catch up with her abundant talent. Whatever the strategy, it worked. Ms. Kamio's performance revealed her to be an exciting young musician with a crisp 」

「and exacting technique, a warm and full-throated sound and a sturdy expressive power.」
「正確なテクニック、温かくよく響く音。強じんな表現力。」

「It took a few minutes for those qualities to become apparent, exactly as long as Vivaldi's Sonata No. 2 in A, the opening work in which Ms. Kamio seemed interpretively a drift, playing with neither a period performance aesthetic nor a modern Heifetzian flair. But Saint-Saëns's Sonata No. 1 found the violinist on wore solid late-Romantic ground. Her sound bloomed, and her playing grew by turns stylish, with some suavely dispatched up-bow spiccato in the third movement, and bold, with a dizzyingly fast and cleanly executed finale.
Ms. Kamio's musical maturity for her age came through in Brahms's Sonata No. 3 as she beautifully conveyed the work's autumnal character, singing through the long expressive lines with a plush and evenly distributed tone. Her maturity was also reflected by her taste in contemporary music, as she offered the New York premiere of "Vertical Time Study" by Toshio Hosokawa, a serious work that explored shifting relationships of pitch, timbre and over tones within a single note.
The program concluded with a violinist's warhorse, Ravel's "Tzi·gane." But if this piece usually serves merely as a vehicle for vir·tu–o·so technical display, no one seems it have told Ms. Kamio. Rather, she played with nuance and fresh interpretive ideas, suggesting that there was more here than just a fau Gypsy melange. In this work, as her other selections, she received strong and dexterous support from the pianist Pei-Yao Wang.」

彼女は、強く音を出すことができるようです。しかも、テクニックだけでなく表現としても強く弾くということを好んでいるようです。それは、彼女自身が曲そのものが主役と考えているところからも来るのかも知れません。一つ一つの音を正確に伝えることが彼女の第一の役割と考えているように思われます。とにかく思ったのですが、クラシックのソリストって、凄い人たちなのですね。天才たちです。ペレであり、ボンズであり、ピカソであり、アインシュタインなのですね。
彼女の楽譜には、現在の先生、ザハール・ブロン氏の教えなど多くのことが刻まれています。そこに「ELEGANT」がありました。
「象さんのように重たくなく」ということなようです。
「エレガント、エレガント。ノット エレファント。」
「Elegant, elegant. Not elephant.」
と先生はおっしゃってるそうです。
ちなみに、「elegant:格調の高い」の反意語は「inelegant:洗練されていない」という月並みな綴りのものでした。
とにかく、天才たちの修行と言えども、遊びはあるようで、ほっとしました。
私は高校のとき、現代国語のテストはいつも70点とか80点でした。いつも時間が足りなくて最後まで書けなかったのです。先生は回答内容は学年でも5本の指に入ると言ってくれましたが、私の思考速度の遅さはそれ以後も私の悩みとしてあり続けています。しかし、それは何か長所の裏返しなのかも知れませんね。職人が「自分を曲げないことだ」と表現している日本酒のポスターを今日眼にしました。会社人としての、自己否定と生来持ち合わせている自己否定がクロスオーバーして、自分の個性に期待することを忘れていたような気もします。
彼女は、作曲家たちの感性に近づきたいとして、大人になって人生の経験を積めば、自分の音楽がまた良くなることを期待しているようでした。そして、今は経験は少ないがフレッシュな感性での演奏を良しとして、人前に出ているのだそうです。これには、ニューヨークタイムズの記事にもありますように、13才の若さでオーディションで優勝したものの、16才までコンサートデビューを待たされたことにも影響があるのかも知れません。
私は私の経験を生き方に表現できてるのでしょうか。私はこれまで得たことを形にしていると言えるのでしょうか。あの30歳から、何かを見つけようとしてもがき続けてきた私ですが、せめて彼女のような天才たちやヒーローたちに憧れる気持ちで、自分に期待することは忘れないようにしたいものです。

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ひと区切りつきました

先日勤務先が半年ほど変わることが決まりました。不器用な私なので、しばらくはそちらでの業務に専念したいと思っています。また、インターネットの設備のない住居ともなるようなので、しばらくは休止とまではいかなくても、スリープ状態と言えるような状態が続くと思います。
とりあえずは、英語字幕を読んでいて発見した、「She is just too good to be true.」と次に出す予定の「She needs to sort out her priorities.」の2つを書きたかったので、一段落です。
1つ目はそうでもなかったですが、2つ目の「ハリー・ポッターと賢者の石」では、映画そのものが大好きになりました。ロンのセリフを追っかけているうちに、ハーマイオニーのこともよく分かるようになり、3人を応援する気持ちが強くなりました。これまでになく、セリフを通して映画全体を深く味わうことができました。大きな収穫でした。
ブログに書くということで、しばらく映画を眺めるように楽しむということを忘れてました。書き表すということは、随分エネルギーのいることでした。
次からはのんびりと映画を見て、そして何か記事ができたらいいなと思っております。

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はじめに

これまで、感じたことは感じたこととして、そのままにしてました。しかし、なんだか頭の中にいろんなことが溜まっているのにふと気がつきました。その1つが映画の英語のセリフに関することです。私は、映画ファンと言えるほど、映画をたくさん見ているわけではありません。ただ、DVDでゆっくりと観て、それでも時間があると字幕を日本語から英語にして観るのが好きです。
「英語字幕鑑賞」はあそびの感覚です。
語学学習はつらいものですが、映画のセリフだけは、なぜかゲームをするように楽しむことができます。つたない英語力だからこそ、日本語字幕だけでは知り得ない部分やちょっとした英語らしい表現を見つけるだけで、得した気分になります。(ヒアリングは得意ではありません。)
世の中便利になったもので、映画を見ながら、音声を英語か日本語か選び、字幕も日本語か英語か、多いときは他の外国語を選ぶことができます。私はDVDで見られるようになって、映画をより見るようになりました。
また世の中には、翻訳を仕事にしている人たちや、英文学などを研究している人たちがたくさんいることと思います。映画のセリフに関しても、字幕にしたり、本にするには相当な工夫と努力が必要だと思います。私はその方々の努力や作品を尊重しながらも、私なりにDVDを使って映画に仕組まれたセリフの面白味を楽しもうと思っています。
とにかく、世に「ブログ」なるものがあるのなら、これを使ってみようと考えました。自分の頭や心に溜まったものを整理してみるとどのようになるのか、試してみようと思います。日記となると苦手ですが、自分のペースで綴っていけたらいいなと思います。
My 電子辞書:CASIO EX-WORD DATA PLAUS2 XD-LP9300

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