« 「It's not for everyone.」(「スカイフォール」より) | トップページ

「those were the best seats in the house」(「人生の特等席」より)

「人生の特等席:TROUBLE WITH THE CURVE(2012年製作)」発売元:ワーナー・ホーム・ビデオ 1000382807

お久しぶりです。

ま、いつもいつもお久しぶりで申し訳ありません。

今回のこの物語、野球物って言っていいのでしょうか。父親と娘の物語ですが、父親の職業はある球団のスカウト。その仕事のことがきっかけとなったある父親の行為から、娘は父を理解できないようになってしまいます。しかし、またその父の仕事のことがきっかけで、互いの絆を取り戻すといういいお話でした。

クリント・イーストウッド演ずる無骨な父親ガスは、引退間近だが名うてのスカウト。しかし、昨今はデータ重視。老いぼれスカウトはお払い箱で、コンピューターの打ち出すデータで十分だと言われてしまいます。

アメリカは不思議な国ですね。愛すべき野球好きの人たちの国ですが、「マネー・ボール」はベテランスカウト達の意見を排除して、データ中心の野球でチームを立て直すストーリーでした。こちらは、視力を失いつつある老スカウトが、データ中心で試合に足を運びもしないスカウトを打ち負かすのが痛快な物語でもありました。

スカウトの注目の的は、強打者のボー・ジェントリー。ここぞというときに、ホームランの打てるジェントリーですが、ガスは実は彼がカーブを打てないと見抜くのでした。

映画の原題は、「TROUBLE WITH THE CURVE」。「カーブに問題有り」とでも言いましょうか。

この「curve」には、「ごまかし」という意味もあるようです。「ごまかしが起こす誤解」(?)って訳せるのかどうかは定かではありませんが、父が娘にうまく説明できずに宿舎学校に押し込んだことも、娘がそれからなんとか父に受け入られようと意に反して弁護士になったのも、人生の曲がり角の「ごまかし」の始まりだったようにも思えます。

あるいは、「曲がり道での事故」って見れば、「人生の曲がり道のもめごと」と言えなくもないのでしょうか。

ミッキー役のエイミー・アダムスが、弁護士のキャリア・ウーマンから、父を取り戻すに連れ、娘の顔を取り戻すように見えるのがとても印象的でした。

カーブが打てない

「カーブが打てない」には違った表現もありました。

「変化球が打てない。」(日本語字幕より)

「Can't handle a breaking ball.」(英語字幕より)

また、カーブのことを「the hook」とも言ってましたね。

純粋な音

純粋な音を聞くのは、やはり純粋な心なんでしょうね。ガスの心は野球に対しては、純粋さを保っているのだと思います。

純粋な心を持てば、その要領は簡単なようです。

「You'll know it when you hear it.:聞けば分かる」のですから。

やがて、物語の最後に新たな心境に至ったミッキーの心も、ガスの言う純粋な音を聞くことになるのですが。

「やっぱりよ。手が泳いだ。見えなくて、なぜ分かったの?」

「長く、この商売をやっているからな。」

「それだけじゃないわ。」

「音を聞けば分かる。バットに当たる音。ミットに収まる音。純粋な音だ。聞けば分かる。」(日本語字幕より)

「You were right. His hands drift. How did you know that if you can't see him?」

「Because I've been in this business too dam long, that's why.」

「No, it's more than that. Tell me.」

「It's the sound you hear. It's like a ball coming off the bat, or exploding into a glove. It's a pure sound. You'll know it when you hear it.」(英語字幕より)

「drift」が使われていますね。不安定に動く、あるいは流されるときに使われるのですね。

ラッパ飲み

日本語字幕の「ラッパ飲み」を見て期待したのですが、残念ながら、そんな表現はありませんでした。

「ウイスキーをラッパ飲みするなんて、法学部で覚えたか。」(日本語字幕より)

「Where'd you learn how to drink, uh, fancy single-malt out of the bottle? They teach you that at law school?」(英語字幕より)

こんな感じでしょうか。

「極上のシングルモルトをボトルから飲む方法をどこで教わったのかな? 法律学校でそれを教えてくれるのかな?」

人生の特等席

邦題になったセリフのあるシーンです。ミッキーが、娘のこころの真相を語ります。

このシーンの後、今度は父親のガスから、父親のこころの真相が語られることになります。

「苦労させたくなかった。三等席の人生だ。」

「三等席じゃない。目覚めると、パパは野球を見てて、体に悪い物ばかり食べて、徹夜でビリヤード。人生の特等席だった。そしたら、お別れ。」

「あれが最良の方法だった。」

「卑怯者よ。」

「何も知らんくせに。」

「じゃ、話してよ。何よ。パパ、話して。」(日本語字幕より)

「I did what I felt was right. I just didn't want you to have life in the cheap seats.」

「They weren't the cheap seats. Spending every waking moment with my dad watching baseball eating food that was no good for me. Playing pool, staying up too late, those were the best seats in the house until you sent me away.」

「Well, I was just doing the best I know how.」

「Only a coward leaves their kid.」

「You don't know half of what you think you do.」

「Okay, then tell me the other half.」

(英語字幕より)

<語句のおさらい>

「spend」は「〈時間を〉過ごす」、「wake」は「目覚めている」。

「pool」は、お酒もビリヤードもできるお店をプール・バーって日本でも言いますから、ご存じの方も多いと思いますが、ポケット・ビリヤードのことになります。

「stay up」は、「寝ずに起きている」の意。

「send ~ away」は、「〈人を〉追い払う、追いやる」。

「coward」は、「臆病者、卑怯者」。

〈せりふのおさらい〉

「わしは自分が思ったことをやった。それは正しかったんだ。ただ、おまえには安っぽい席の人生を送ってほしくなかった。」

「安っぽい席じゃなかったわ。起きてるときは、私には良くない食い物を食べながら、野球を見てるパパと過ごすこと。ビリヤードすること、遅くまで起きてること、それらみんな、うちの特等席だったわ。私を追い払うまでは。」

「いいか、わしは自分の知ってる一番いい方法をやったんだ。」

「卑怯者だけが自分の子を手放すのよ。」

「おまえは、自分のすることの考えも半分しか分かってない。」

「いいわ、じゃ、もう半分を話して。」

幸福の形は1種類しかないが、不幸の種類は不幸の数だけあると聞いたことありますが、ミッキーと同じような状況ではないですが、子どもの頃って、親の苦労なんか関係ないところで、幸せに過ごしてますよね。うちも父が保証人になった相手に逃げられ、借金を抱えて、職場を変え、住む場所を変え、妻子のある身で母との間に私が生まれ、10年ほど別れ話が続いて、夕食後に星一徹じゃないけど、お膳ひっくり返るような夫婦げんかがつづいてました。父のこと嫌いになりましたが、しかし、その頃私はずっと不幸と思ったことはありませんでした。不思議なものです。少し大きくなると、親のことを子どもの気持ちの分からない「子不幸者」と言ってました。私にもなにか映画作れるといいんですが。

「ハスラー2」

プール・バーには懐かしい思い出があります。私、1986年当時、転勤で札幌にいました。いやー、随分昔になってしまいました。

学生時代に良くポケット・ビリヤードをやっていたので、ヒマな土曜日には、札幌のボーリング場でビリヤードをやってました。

後で知りましたが、ポケット・ビリヤードって関西が本場なんですってね。特に京都は国際大会(アジア大会?)があったりして。そう言えば、四つ玉の台は関西は少なかったですね。札幌だと、ポケットの台の方が少なく、しかもポケットは破れてて、ガム・テープで補修してあって、悲惨でしたね、当時。そんな、卓球も同じフロアの、誰も遊んでいない、しがないビリヤード場で、毎週のように一人で突いてましたら、ある日突然、ビリヤード場係りのおっちゃんが私のところへわざわざやって来て、向こうの若いカップルを指して、ビリヤードを教えてやって欲しいと言うのです。その間のプレー代はただでいいと言うのです。「当たり前やろ」と思いつつ、「へー、めずらしー」と言いながら、臨時トレーナーしました。

それから、あっという間です。いつものように突きにいくと、ものすごい人たちがビリヤードにやって来ていて、一人で突くのは遠慮して欲しいとまで言われました。怒って、2~3ヶ月行かず、久しぶりに覗くと、卓球台も消えて、ビリヤード台がびっしり、店員は、10代の若い男女数人になってました。あはは。知らなかったんです。ちまたで「ハスラー2」って映画がめちゃ流行っていたこと。えらいことやと思いましたねぇ。小学校の時、修学旅行は京都。最初にご挨拶してくれはったのは、宿泊予定の旅館「ことや」のおっちゃん。「迷子になったら、えらいことやの『ことや』のおっちゃんを思い出すんやで。」を思い出してました。「えらいことやのことやのおっちゃんや」って、つぶやしてました。いやー、一生忘れないと思いますね。(すみません)

そして、ついにそれまで見たことも、聞いたこともない「プール・バー」が札幌にお目見えしました。お店にはね、なんだかね、高そうなビリヤード台がおいてありましたな。ガム・テープ補修のポケットが嘘みたい。このころ、ビリヤード場やプール・バーが乱立しました。そして、お店が開くととりあえずビリヤード大会が開かれたりしてました。

そのプール・バーのお店の大会に参加しました。確かね、一人目か二人目の対戦相手がそんなに上手そうでもない女性でした。ナイン・ボールでした。とにかく、1から8まで私が入れましたが、最後に外したナインがポケットの近くに止まり、彼女がそれを入れて、私負けたと記憶しております。わたし、ここって言うところで弱い奴でした。記録にも記憶にも残らなーい。(すみません)

スタッフの若い人たちにも、ビリヤード教えてあげて、例のビリヤード場では、特別扱いで徹夜もしょっちゅうでした。(学生時代から、誘った人は必ず、私よりうまくなりましたなー)

当時は、ビリヤードというゲームに合わないと思いましたが、なんとラジオ番組で取り上げられ、また例のボーリング場のビリヤード場に頼まれて、ファンの集い?のコーチ役で出演してましたね。「ええんかいな、こんなんで」と言いつつ、楽しんでました。

斉藤和義の「ずっと好きだった」じゃないですが、30前の遅い、第2の「青い春」、人生の特等席でした。

それ見たことか、あれほどジェントリーはダメだと言ったのに。

かわいそうに。ジェネラル・マネージャーの怒りが分かるような気がします。

「カーブと知ってて打てない。」(日本語字幕より)

「Gentry knows it's coming, he still can't hit it.」(英語字幕より)

そして。

「あれがカーブの打てない奴だ。」(日本語字幕より)

「That's known as trouble with the curve.」(英語字幕より)

あのとき、あのプール・バーで。

「奴の右腕、ぶれてる」

「His right hand drifts.」

「あれがいわゆるナインの決められないってぇ奴だ。」

「That's known as trouble with the nine ball.」

て、陰口たたいていた方、まさかいませんよね。

|

« 「It's not for everyone.」(「スカイフォール」より) | トップページ

「映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/157614/53980968

この記事へのトラックバック一覧です: 「those were the best seats in the house」(「人生の特等席」より):

« 「It's not for everyone.」(「スカイフォール」より) | トップページ