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「おまけのおまけ」

MY BOOK:「ワンダフル・ライフ:WONDERFUL LIFE バージェス頁岩と生物進化の物語」(スティーヴン・ジェイ・グールド著、渡辺政隆訳、早川書房)

おめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
なんとまぬけな新春のごあいさつとなってしまいました。お正月は「何もしない」と心に決めて、何もしなかったのですが、皮肉なことに、これほど目標通り1週間を過ごしたのは、生まれて初めてかも知れません。ところが、今週はなんと意に反して、インフルエンザで倒れてしまいました。やっと少し落ち着きましたので、今度は、したくても「何もできない」このときを使って、ご挨拶するに至ったしだいであります。
かつての林家三平師匠ではありませんが、「ほんとに、皆さん、体だけは気をつけて下さい。」
さて、前回はおまけとは言え、後半は映画と大きく離れて、大好きなアノマロカリスの話題でした。不謹慎ながら、さらにおまけのおまけとさせていただきまして、「ワンダフル・ライフ」の著者、スティーヴン・ジェイ・グールドが、この本の「序言および謝辞」の中で、映画を例にとって説明を加えているところが2カ所ありますので、ご紹介したします。

まずは1カ所目。
「本書の書名は、二重の驚嘆(ワンダー)の念を込めたものである。すなわち、生物そのものの美しさに対する驚嘆と、それらが駆り立てた新しい生命観に対する驚嘆である。オパビニアとその仲間たちは、遠い過去の不思議な驚嘆すべき生物(ワダンダフル・ライフ)の一員だった。それらはまた、歴史における偶発性というテーマを、そのような概念を嫌う科学に押しつけてきた。これは、アメリカでもっとも愛されている映画のいちばん記憶に残るシーンの中心テーマである。ジェイムズ・スチュアートの守護天使が、彼の登場しない人生の録画テープを見せ、歴史の中の一見無意味な出来事がその後の歴史にとてつもない影響力をもちうることをまざまざと示す、あのシーンがそれである。科学は、偶発性という概念を扱いあぐねてきた。しかし映画や文学は、常に偶発性の魅力を見出してきた。映画『素晴らしき哉、人生!』(It's a Wonderfull Life)は、本書の主要なテーマを象徴していると同時に、私が知る限りではもっともみごとに例示している。」

この本の書名はどうやら、映画「素晴らしき哉、人生!」からとったようですね。
「オパビニア」は、これもカンブリア紀を象徴する生物で、一見生物とは思われない形をしています。本のカバーのイラストとして使われています。前衛的な彫像のような、あるいは子供が自由な発想で作った生き物のような形をしています。
映画「素晴らしき哉、人生!」は、アメリカ映画ベスト100なんかに必ず上位に出てくる作品です。クリスマスの日に自殺を図ろうとする主人公に天使が彼のいなかった世の中を見せるというもの。実は、私、まだ観ていません。いつか必ず観てまた紹介したいと思います。

そして、もう一つ。
「偶発性という領域における秩序の第一の基準は、年代順ということであるし、またそうであらねばならない。バージェス頁岩に関する解釈のしなおしは一つの物語、最高度の知的価値をもつ驚嘆すべき壮大な物語である。しかもそれは、誰一人として殺されも傷つきもせず、かすり傷一つ負った者もいないまま新世界が発見された物語である。この物語を正しい時間的順序で語る以外、私にできることなどあるはずもない。映画『羅生門』のように、傍観者や当事者といえど、このように入り組んだ話を同じしかたで物語れる者は二人といないだろう。それでも、時間的な順序にしたがって土台をすえることはできる。私は、この時間を追って展開した一連の出来事を緊迫したドラマとして見るようになった。」

「真実」とはなにか。
「羅生門」はご存じ、黒澤明監督の名が世界に知られるきっかけとなった最初の映画で、1951年のベネチア国際映画祭でグランプリを受賞しております。しかも、1982年には過去のグランプリ作品から最高の栄誉金獅子賞も受賞したとのことです。
私は、テレビ放映で観ました。あいにく音声が聞き取りにくいところがあり、十分に映画を楽しめたわけではありませんでした。しかしながら、森という密室で起こった暴行と殺人という衝撃的な事件設定。そして同じ事件のことなのに、当時者や傍観者の説明が全く食い違うという物語。また生々しいほどの登場人物の欲望と情念。そしてそれらに突き動かされる人間の愚かしさは、十分に味わうことができました。
「真実」とは何か。それは現実にあるものなのか、それとも真に信じれるものということなのか。
また「現実」とはなんなのか。この耐え難い「現実」とは。
入り組んだ物語で、「現実」というものが崩壊したらどうなるのかと問う映画もたくさんありますね。最近では「インセプション」がありました。「13F」というのもありましたね。この両者はよく似ています。「マトリックス」も嘘の「現実」の世界を描いていると言えそうですね。
タイムトラベルが絡んだ物語も、世界という「現実」の脆弱さを語ってくれてるように思います。変わったところでは、「The Butterfly Effect」というものや、「シャッフル」なんていうのも。「時をかける少女」や「バック・トウ・ザ・フューチャー」というのもそうですね。「ターミネーター」シリーズも「運命とは自分で切り開くもの」と言いつつ「未来」という「現実」に翻弄される主人公達を描いてますね。

すみません。随分話が飛んでしまいました。とにかく、「羅生門」では、結局「真実」とは他人のことではなく、「自分」のことなんだ、「自分」の中にあるんだということを学びました。
「過去」に起こしたことについて言い訳や解釈することの無意味さ、そして「今」実際何をするか・「これから」何をしようとしているかということの大切さを考えさせられました。

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