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「and ain' no hog get away from me yet.」(「ドライビング・ミス・デイジー」より、その1)

MY DVD:「ドライビング・ミス・デイジー:Driving Miss Daisy(1989年製作)」発売元:ジェネオンエンタテイメント株式会社 GNBF-7310
MY BOOK:「DRIVING MISS DAISY BY ALFRED UHRY」DRAMATISTS PLAY SERVICE INC.

今回は日数がかかりそうなので、分けてお届けすることにしました。
「ドライビング・ミス・デイジー」は私が好きな映画のひとつです。しかし、残念ながらこの映画には英語字幕がありません。悲しいかな、スクリーンプレイの本も絶版。でも、インターネットで見てますと、どうやら「ドライビング・ミス・デイジー」は舞台が映画になったのだと分かってきました。それで、戯曲を見つけて、取り寄せてみました。作者は、映画の脚本と同じアルフレッド・ウーリー。アルフレッド・ウーリーは、1988年にこの戯曲でピューリッツァー賞戯曲部門を受けています。とても意外なことでした。
届いた本を手に取り、さっそくページをめくってみると、キャストのところに
HOKE COLEBURN.......Morgan Freeman
とあるじゃないですか。他のキャストは映画と違ってましたが、なんだかとてもいいものを見つけた気分がしたものです。
物語は、とっても頑固で人の言うことを聞かない気位の高い白人のおばあさんと、嫌われてるにもかかわらずそれをものともしない、軽妙でしかもしたたかな黒人老人との間の、心暖まる友情のお話です。

目につく題材が2つあります。1つは、”ケチ”と言われるユダヤ人の気質。もう1つは黒人特有なのでしょうか、”なまり”とも言えそうな、その独特な話し言葉です。
これまで私はこの映画を、ただ友情の物語としてのみ見てきました。しかし、ユダヤの人たちの教会が爆破されたり、キング牧師の演説が紹介されているように、黒人の公民権運動が始まった時代であることも考えると、黒人への差別、白人同士でもユダヤ人への偏見などがまだ強かった時代の物語であると考えさせられるところがありました。

とにかく、ユダヤの人のケチな気質、つまりガソリン倹約のために車の速度を落としたり、サケ缶1個で人を糾弾しようするところが、ミス・デイジーのキャラクターの肉付けに一役かってます。加えて、ミス・デイジーの息子が運転手のホークを幾らで雇っているかという会話が、ふたりの思い出となる微笑ましいエピソードとして描かれてもいます。

そして、ホークの話し言葉の独特の発音は、映画の中では速くて聞き取れませんでしたが、戯曲のセリフを見て初めて気づきました。
"ing"や語尾の”r”が消えたり、”th”が”d”と発音されたりしてるようです。
talkin' = talking
askin' = asking
nothin' = nothing
yo' = your
fo' = for
Mist' Wethan = Mr. Wethan
dis = this
wid = with
それから、
Yassum = Yes, Ma'am.
さらに、
doan = don't
sho' = should
S'cuse = excuse
thass = that's
jes' = just
などもありました。
これらは、言葉を耳からだけ聞いて覚えた言葉のように思えます。つまりホークがちゃんとした国語教育を受けてないということなんでしょうね。物語の中でも、ホークは読み書きができない設定でした。それには黒人の人たちのさまざまな事情があったのだろうと創造するだけです。本当のことは分かりません。少なくともこの映画からはですね。ただ、ホークの孫娘が最後に登場しますが、なんと大学で生物を教えてると言ってましたね。ホークはいろいろと苦労したのかも知れませんが、良い家族に恵まれ、有色人種のしかも女性である孫が、高度な教育を受けて、白人と同様に社会に進出している姿を見ることが出来たのは、幸せなことなのではないかと思います。また、そうした時代の変化を世に知らせる役目も、この物語には託されていたのだろうと思います。

映画のシーンと戯曲の場面をそれぞれ紹介すればいいんでしょうが、やっぱり映画を鑑賞したい私としては、できるだけ映画の日本語字幕に戯曲のセリフをすりあわせてみることにしました。ですから、私の耳では限られたものしか作れませんでしたので、ご了承ください。時間がかかりそうです。そして、訳は相変わらず英語セリフに合わせた不器用な直訳風です。

車の故障?
「前の”ラサール”は、故障のない車だったわ。」
「故障じゃない。あのクライスラーは、ママが壊したんだよ。」
「そう思ってなさい。」(日本語字幕より)
「You should have let me keep my La Salle. It never would have behaved this way. And you know it.」
「Mama, cars, don't behave. They are behaved upon. The fact is you demolished that Chrysler all by yourself, .」
「Think what you want. I know the truth.」(英語脚本を引用)

私の知人で、自分が運転して車の後ろがへこんだ理由を奥さんは、”後ろの壁が勝手に迫ってきた”と言ったとか。世の中には、想像も出来ない恐ろしい事が起こるようで。もちろん、恐ろしい事とは、明らかなウソがその勢いで押し通されることでございます。
「behave」は「ふるまう」。ここでは車が勝手に動いたような表現が面白いところですが、しかし、「Is your new car behaving well?」で「新車の調子はいいですか?」や、「The cara behaved itself.」で「車は故障せず走った。」などの意味で使われてるようなんです。
「demolish」は「破壊する」。

「私にラサールを持たせ続けるべきだったのよ。あれはこんなふるまいはしなかったわ。知ってるわね。」
「ママ。車はふるまわない。車はふるまいをさせられてるの。実際は、ママがあのクライスラーをあなたの手で壊したんだ。」
「いいように思ってなさい。私は真実を知ってるわ。」

ホーク登場
戯曲ではホークはブーリーの部屋に入ってくるだけでした。映画では貨物用エレベーターの故障場面を作って、ホークの登場を印象的なものにしていましたね。
ホークはそつのない人のようで、雇い主がユダヤ系と知って、自分が世間の風評を気にしないこと、同じユダヤ人のストーン判事の運転手だったことを話します。ストーン判事がブーリーの父と友達だということも、実は知っていたのじゃないかと思われてきます。なんだか、単に調子いいってだけじゃなさそうなのが、とてもおもしろいところです。
次のセリフは、そのホークが自分を売り込み始めるセリフになるのですが、あいにくはっきり聞き取れません。どうも戯曲のセリフと少々違ってるようなのですが、「そいつは感激だね。」のことばに惹かれました。ここでは日本語字幕と戯曲のセリフをそのまま並べてみます。

「ユダヤ人は、”汚い”とか、”ケチ”とか、いろいろ言われますが、おれは喜んで働きます。」
「そいつは感激だね。」(日本語字幕より)
「I'd druther drive for Jews. People always talkin' bout they stingy and they cheap, but don' say none of that 'roun' me.」
「Good to know you feel that way. 」(戯曲より)

戯曲のセリフは映画と違っていますが、そのまま訳してみます。
「druther」は「rather」と同じと考えてよいようです。そして、「would rather」あるいは「had rather」で、「むしろ...したい」という意味を持つようです。略式ですと、どちらも「I'd rather」となります。
次の2つはどちらも形容詞のようですが、be動詞が省かれているようです。
「stingy」は「けちな、しみったれの」。
「cheap」は「けちな、悪名高い」。
「'roun’」は「around」だと思われます。

「私はむしろユダヤの方の運転をしたいです。人はしみったれだの、けちだの言いますが、私の回りではそんなことは一言も言いません(言わせません)。」
「君がそのように感じてると知ってうれしいよ。」

エレベーターに閉じ込められていたのが、オスカーでしたね。
「オスカーの話では、運転手をお探しとか。学校の送り迎えとか、奥様を美容院へ?」
「うちは、まだ子供がいない。」
「まだ、お若い。心配はありません。」
「どうも、ご親切に。運転手が必要なのは、お袋だ。」
「それなら伺わせて頂きますが、母上ご自身の面接は?」
「そこの事情が複雑でね。」
「少しボケておられる? 年には誰も勝てません。」
「お袋はボケてない。ボケないから困る。一つ覚悟してもらいたい。私のお袋は少々扱いにくい。君に給料を払うのは私だ。お袋が何をどう言おうと、君をクビにすることはできん。」
「分かりました。お任せを。何を言われても、うまくやります。子供の頃、ひまつぶしにブタとよく格闘しましたが、その時も私は、うまくやりました。」(日本語字幕より)

次は戯曲を基に、できるだけ映画でのセリフに近づけてみたものです。
「Oscar say you need a driver for yo' family. What I be doin'? Takin' yo' children to school and runn' yo' wife to the beauty parlor, or no?」
「I don't have any children. 」
「Oh, thass' a shame! 'Couse you are still young man, sir, I wouldn't worry much 'bout that.」
「Thank you. I won't. Hoke, we're looking for someone to drive my mother around.」
「Yo' ma? Yes. Well, ah, you doan mind my askin', sir, how come she ain' hire fo' herself?」
「Well, it's a difficult situation.」
「Oh, yes. yes. She done gone 'roun' the bend a little bit? Well, that'll happen when they get on. You know.」
「Oh no. She's all there. Too much there is the problem. Hoke, I want you to understand something.」
「Yes, sir.」
「My mother is a little high-strung. Now, the fact is you'd be working for me. She can say anything she likes but she can't fire you. You understand?」
「Yes. Yes. Yes, I sho' do . Don't worry none about it, Mist' Wethan. I hold on no matter what way she run me. When I nothin' but a little boy down there on the farm above Macon where I come from, I use to wrastle hogs to the ground at killin' time. Mist' Wethan, and ain' no hog get away from me yet.」(戯曲を引用)

「What I be doin?」は「What will I be doing?」に当たる言葉と思われます。”話すための アメリカ口語表現辞典(研究社)”では、「します」の中で、《丁寧に聞き手の予定を尋ねるとき》の例として、〈この週末は何をなさるのですか〉について、次ぎのものを挙げています。
◎ A What are you going to be doing this weekend?
◎ B What will you be doing this weekend?
× C What are you going to do this weekend?
× D What will you do this weekend?
そして、「CとDは丁寧に述べるのでなければ非常によく使われている」としています。
”新自修英文典”では、「go」・「come」・「leave」などの”往来”・”発着”を示す動詞の「進行形現在」の形は、「近い将来起ころうとすること」をあらわすときがあるとしています。そして、”往来”・”発着”などの動詞に未来をあらわす副詞の伴う場合を「未来代用の現在」として、「進行形現在」と比較して、次のように説明が加えられていました。
「明日たちます」
A I leave tomorrow.
B I am leaving tomorrow.
「何時にたちますか」
A What time do you leave?
B What time are you leaving?
Aは計画、予定に主眼がある。Bは個人的意志を含めての発言である。
また、「will you?」は相手の意志を問う形とされています。
”話すための アメリカ口語表現辞典”の例では、相手の”意志”を聞く「are you going to」と「will you」。そして”予定・計画”をあらわす「be doing」が使われていて、一見二重に未来の予定を聞いている感じです。しかし、これが丁寧な予定の聞き方なんですね。日本語だと、「何をなさるおつもりですか?」とか、「どんな計画をお考えですか?」みたいな感じでしょうか。ホークは相手ではなく、自分がどのようなことをすればいいのかという聞き方をしていますが、これも相手の予定を聞いているので、形は《丁寧に聞き手の予定を尋ねるとき》と同じと考えて良さそうです。ホークの場合は「will」が欠けていますが、丁寧な言い方は心得ているといったところでしょうか。
「Takin' yo' children to school and runn' yo' wife to the beauty parlor, or no?」は、「Taking your children to school and running your wife to the beauty parlor, or no?」。「run」には「〈人〉を車に乗せて行く」意味があるようです。
「thass' a shame!」は「that's a shame!」。「that's a shame.」で「そりゃ残念だ、何たることだ」。
「'couse」は「because」。「because」は一般でも、「cause」や「'cause」と表現され、略して使われるのをみます。「'couse」と表現されるのは、発音が違っているのでしょうね。
「how come」は、驚きを示しながら、「なぜ、どうして」というときに使われるようです。単独の「How come?」も良く使われるとのことです。例文として、「How come you are crying?:どうして泣いているんだ。」や「How come you aren't taking me?:どうして私を連れてってくれないの。」がありました。お気づきのように、「How come」の後は疑問文ですが、普通の語順となってます。

余談ですが、仕事で親しくなった人が日本に来ているとき、自分に長期の九州への出張が入り、「実は、さよならを言わなくてはならない」と大げさに言ったとき、「How come!」と言われたことを思い出します。会社を辞めるとでも思ったようです。びっくりして聞いている感じがとってもよく伝わって、初めて「How come」を聞いたのだけど、彼の言いたいことがよく分かったものでした。

「ain'」は「ain't」。「ain't」は「am not」・「is not」・「are not」の短縮形とされています。
「hire」は「雇う」。
「She done gone ~」は「She has done and gone ~」。ちょっと違いますが、「go and do」で「(愚かにも)~する」という意味があります。「You've gone and done it.」で「君はとんだへまをしたものだね。」となります。しかも、アメリカではしばしば「and」が省略されるそうです。「She done gone」はその応用編とも言えましょうか。
「'roun' the bend a little bit? 」は「round the bend a little bit?」。「round the bend」で「狂った、頭にきた」の意で、「go round the bend」で「狂う」とありました。
「get on」で「年を取る」意味があります。
「be (all) there」で、「(能力・精神などが)正常である、正気である」の意。
「Too much there is the problem.」は「Being too much there is the problem.」の「being」が省かれた形と思われます。
「high-strung」は「緊張した、神経質な、興奮しやすい」の意。
「Don't worry none about it」は「Don't worry any about it」が正しいのだと思われます。
「hold on」で「(難局や危険な状況で)頑張る、持ちこたえる、耐える」。
「no matter ~」で「たとえ~でも」。「no matter what」で「どんなことがあっても、何が何でも」となります。
「run」には「(ある状態に)追いやる、させる」意味もあるようです。
「When I nothin' but a little boy」は「When I was nothing but a little boy」。
「down」は「下手へ」の意ですが、多くは「(内陸部から、位置の低い)沿岸部へ」や「南へ」を指しているようです。
「use to」は「よく~したものだ」の意味で使われてると思います。現在では、過去時制の「used to」でしか使われないようです。
「wrastle」は「wrestle」のことと考えられます「wrestle」は「レスラー」と同じ語源のもので、「格闘する、ねじ伏せる」の意味があります。
「hog」は「豚」。
「killin' time」は「killing time」ですが、このままでは何もなかったですが、「kill time」で「(予期に反して生じた)時間をつぶす」とありました。これは動詞として使われるので、現在分詞となった「killing」は形容詞的に「time」を説明してるのだと思われます。ですから「at killing time」は「暇な時間に」や「暇つぶしに」といった意味になるものと考えられます。
「and ain' no hog get away from me yet.」は、文章としては成り立ってないですね。「ain'」と「no hog」の二重否定は本来間違ってますよね。また、「that」か「which」を入れたとしても、「and ain' no hog which gets away from me yet.」か、「and ain' no hog which has got away from me yet.」でしょうか。
でも、ブーリー氏はホークの言葉を普通に聞いてますよね。尊敬はされないかも知れませんが、こうした”ブロークン・イングリッシュ”でも伝えることはできるんですね。我々も物怖じせずがんばらなくちゃって感じです。
「get away」は「逃げる、逃走する」。

「オスカーは、あなたが家族のために運転手が必要だと言ってました。私は何をすればよろしんで? お子さんを学校へ連れていったり、奥様を美容院へ運ぶなどでしょうか。それとも?」
「子供はいないんだ。」
「それは残念で。まだお若いから、私はそれほど心配しませんがね。」
「ありがとう。私もしていない。ホーク。私達が捜しているのは、母の運転をする人間だ。」
「おかあさん? それでは、よろしければお聞きしたいのですが、どうしてお母様はご自身でお雇いにならないんで?」
「そう、そこが込み入った状況でね。」
「ああ、なるほど。お母様は少々ボケてなさるわけで? まあ、年を取れば起こることで。ご存じのように。」
「いや、そうじゃない。彼女はまったく正気だ。あまりにはっきりしてるのが問題なんだよ。ホーク。理解してもらいたいんだが。」
「はい。」
「母は少し神経質なんだ。だけど、君は私のために働くというのが実際のところなんだ。彼女は思ったことを何でも言うことはできる、しかし彼女は君をクビにはできないんだ。分かるかな?」
「はい。はい。そう、分かりますとも。ご心配なさらないで下さい。ワサン様。お母様がどのように私を追いやっても頑張ります。私がやって来たマコンの上の農場で、まだ何者でもない、ただのガキだった頃、よく暇つぶしに豚を地面に組み伏せたものです。ワサン様、そして私から逃れた豚はまだいません。」

では、また。

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